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東京地方裁判所 昭和34年(レ)360号 判決 1961年12月25日

控訴人 原重雄

右訴訟代理人弁護士 永井由松

被控訴人 大和信用株式会社

右代表者代表取締役 伊東孝

右訴訟代理人支配人 宮下利雄

右訴訟代理人弁護士 北島初次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の予備的請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年一一月九日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

控訴代理人は、その請求の原因として、控訴人は額面金一〇〇、〇〇〇円、満期日昭和二九年一月三日、支払地及び支払場所東京都中央区、鈴や相互金融株式会社、受取人訴外片田八重、振出日同二八年一〇月六日、振出地東京都千代田区、振出人鈴や相互金融株式会社関東営業所坂僖傭なる約束手形一通(以下に本件手形と称する)を昭和三一年九月三〇日右受取人訴外片田八重より裏書譲渡を受けて現にその所持人であるが、本件手形は当時被控訴会社(旧商号「鈴や相互金融株式会社」、昭和二九年四月三日「鈴や金融株式会社」と商号変更、その後更に現商号に変更)の関東営業所長であつた訴外坂僖傭が、その資格において被控訴会社の名を表示して作成し受取人に交付したものであるから、被控訴会社はその振出人たる地位にあるものである。

仮りに右訴外坂僖傭が被控訴会社の前記営業所長として本件手形につき振出の権限がなく右振出をなしたものとしても、右振出の当時同人は前記のとおり被控訴会社関東営業所長たる地位にあつたから、同人については商法四二条の表見支配人の規定の適用があり、従つて被控訴会社は本件手形につき振出人たる責任を免れない。

更に然らずとしても前記のとおり本件手形には被控訴会社の名と振出人たる前記訴外坂僖傭の資格の表示があり、本件手形の受取人たる前記訴外片田八重がその振出交付を受けた当時の事情については、同訴外人はその頃被控訴会社に対し二口合計六〇、〇〇〇円の出資契約者でそれ以前からも取引関係があつたところ、同人は被控訴会社の社員たる訴外戸辺保を介して前記訴外坂僖傭より金一〇〇、〇〇〇円の融資を依頼され、その際右融資額は被控訴会社関東営業所長たる右坂僖傭の顧客の不時の要請に対する払込金の立替、同営業所外務員に対する費用の立替等営業用資金に充てられるものなることを告げられ、同人は被控訴会社のためにする意図をもつて右金員を融通して引換に本件手形の振出交付を受けた事実があるのであるから、右訴外片田八重において右訴外坂僖傭の本件手形振出につき同人が被控訴会社を代理して振出す権限を有していたものと解ずべき正当なる理由があつたものであり、従つて民法第一〇九条、第一一〇条の表見代理の規定の適用により、被控訴会社は本件手形につき振出人たる責任を免れないものである。

然るに被控訴会社は控訴人の本件手形金請求に対し支払をなさないから、控訴人は被控訴会社に対し主たる請求として右手形金び本件訴状送達のあつた日の翌日である昭和三二年一一月九日以降支払済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

次に予備的請求として、仮りに被控訴会社に対する控訴人の右請求が認められないとしたならば、本件手形の受取人である前記訴外片田八重は結局手形金の不支払により本件手形金一〇〇、〇〇〇円に相当する損害を蒙つたことになるが、右損害は一に前記訴外坂僖傭が被控訴会社の関東営業所長たる地位を利用して権限がないのにも拘らず本件手形を振出した同人の故意または過失による不法行為によるものであり、同訴外人が本件手形を振出した目的は前記のとおり被控訴会社営業所の営業用資金の調達にあつたから、右片田八重の蒙つた損害はひつきよう右坂僖傭の被控訴会社の事業の執行につき加えたものであることに帰し、被控訴会社は使用者としてその損害を右片田八重に対して賠償すべき義務があるというべきところ、控訴人は右片田八重よりその損害賠償請求権を譲り受けて同人の承継人たる地位にあるから、控訴人は被控訴会社に対し右損害賠償義務の履行として本件手形金同額及びこれに対する昭和三二年一一月九日以降支払済に至るまで年六分の割合による遅延損害金、以上主たる請求と同額の金員の支払を求める。と述べ、

被控訴代理人は、その答弁として、控訴代理人主張の請求原因事実につき、主たる請求及び予備的請求の各原因を通じて、被控訴会社の商号が控訴代理人主張のごとく二回にわたり変更されたこと(但し「鈴や金融株式会社」に変更したのは昭和二九年四月三〇日である)、及び本件手形の振出人訴外坂僖傭がその振出当時被控訴会社の関東営業所長であつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。右訴外坂僖傭については被控訴会社より契約締結及び手形振出の権限は与えられていなかつたものであつて、本件手形は、右訴外坂僖傭自身の振出にかかるものである。と述べた。

証拠として、≪省略≫

理由

被控訴会社の昭和二八年一〇月当時の旧商号が「鈴や相互金融株式会社」であつたこと、訴外坂僖傭がその頃右鈴や相互金融株式会社の関東営業所長であつたことは主たる請求及び予備的請求を通じて当事者間に争がなく、当審証人片田八重の証言及び控訴人提出の甲第一号証(本件手形、その振出名義人の判断については後記のとおり)の右片田八重の裏書部分によれば、控訴人は訴外片田八重から本件手形を裏書により譲渡を受けて現在その正当なる所持人であること、また弁論の全趣旨より本件手形金の支払がないことはいずれも明らかである。

そこでまず主たる請求について判断する。

本件手形につき被控訴会社が振出人と解せられるか否かに主たる争点があるから、これを検討するのに、原審における被控訴会社の代表者鈴木誠也の尋問結果と原審及び当審(第一、二回)証人戸辺保の証言及び当審証人板秀二(坂僖傭)の証言に甲第一号証を対比し、これらを綜合判断すれば、前記のとおり昭和二八年一〇月当時被控訴会社の関東営業所長であつた訴外坂僖傭は、その頃控訴人主張の記載事項の記入のある本件手形に、その振出人住所氏名部分にいずれもゴム印による「鈴や相互金融株式会社」なる肩書を付した「坂僖傭」及び同営業所の所在地の表示をなして記名し自己の印鑑による名下等の押印をしたうえ、これを受取人たる訴外片田八重に振出交付したものであるが、当時右関東営業所長たる坂僖傭の職務権限中には被控訴会社のためにするまたはその機関としてなす手形振出の権限が与えられていなかつたこと、右事実は坂自身もよく承知していたこと、そこで右手形上の同営業所の前記表示は実質上の振出人たる右坂僖傭の意思においてもまた手形文面の解釈から云つても単に同人の社会上の身分たる所属を示す表示として使用されたに止まり、被控訴会社のためにするまたはその機関としての意思の表示と認めることのできないこと、従つて文面上も「関東営業所」の表示はあるが、その営業所における地位、権限を表示する記載はなく、またこれに付した印影もただ「坂」とあるのみで(右印影の刻字は極めて明瞭で何人にも疑を挿まずに識別され得る)同営業所に関係を有することを表示する文字などなく、他に被控訴会社を振出人本人なりとする表示事項はなく、更に一般的に云つて「営業所」なる表示にその所属会社または団体等の帰責事由を発見するべき手形解釈上の法則はないから、前記肩書部分に被控訴会社関東営業所なる記載があるからと云つて、これのみをもつて直ちに本件手形上被控訴会社が振出人として責を負うべき根拠となし難いと云わねばならない。本件について別に陳述されている、右手形の発行により振出人たる前記訴外坂僖傭が自身のために手形と引換に金一〇〇、〇〇〇円を前記訴外片田八重より借受け、借受金員を自己の主宰する前記関東営業所の業務処理に関連した諸費用に充てたこと、及びこれを本件手形の受取人たる右片田八重において知つていた事実については前記証人戸辺保、同坂秀二及び同片田八重の各証言によりこれを認め得るところであるが、これらの事情を加味して本件手形文面の解釈をなすべきものとしても、訴外坂僖傭の右のごとき借受金員の使途がその所属会社に対する関係においては私費と弁別されるべき場合もあることであつて、本件における借受金員の使途が右私費に属せず被控訴会社の負担すべき性質のものである確たる証拠はないのであるから、前認定の事情があるからと云つてにわかに上記判断を覆すに足るものとは考えられない。而して他に右認定を覆して本件手形につき被控訴会社が振出人であることを認めるに足りる証拠はない。

次に控訴人は前記坂僖傭につき表見支配人の規定の適用があると主張するけれども、商法第四二条の規定の文言に照らし且つ前掲原審における被控訴会社代表者の尋問の結果に徴すれば、前記関東営業所が商法上の支店に該当しないことは明らかであるから、所論はもとより採用できず、従つて被控訴会社に本件手形の振出人としての責任をその理由により問うことはできない。

また控訴人は本件手形振出につき民法第一〇九条、第一一〇条の表見代理の規定の適用があると主張するけれども、本件手形上の前記坂僖傭の肩書記載部分の解釈については前判示のとおりで右記載を被控訴会社の表示とは認めがたいところ、民法上記規定の手形行為に対する適用については手形上に本人の表示のあることを前提とすべきであると解するから、その所論もまたこれを採ることができない。

そうだとすれば、控訴人の主たる請求は到底認容することができないから、棄却を免れない。

そこで、進んでその予備的請求について判断する。

前認定のとおり本件手形金につきその支払がなく被控訴会社に対する手形金請求の認められないこと、また成立に争のない甲第二号証、同第三号証の一、二によれば原告訴外片田八重、被告訴外坂僖傭間の中野簡易裁判所昭和三四年(ハ)第四六三号損害賠償請求事件についての原告勝訴の確定判決があり、右訴外片田八重より控訴人に対する該請求権につき債権譲渡があつて右訴外坂僖傭に対するその通知のなされたことを認めることができるが、控訴人主張の控訴人が承継した訴外坂僖傭の使用者たる被控訴会社に対する訴外片田八重の損害賠償請求権については、該請求権を特定して控訴人が右片田八重より譲り受けた事跡はこれを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、本件手形に関する訴外坂僖傭の歎罔手段施用が同人の故意または過失によるものである不法行為責任発生の事実、従つて被控訴会社の損害賠償義務負担の事実を認めるに足りる資料は何もないというより外はない。

そうだとすれば控訴人の予備的請求は爾余の判断をなすまでもなく全く失当というの外はないから棄却を免れないこと明らかである。

そこで以上の理由によれば、控訴人の主たる請求を棄却した原判決は正当であるところ、当審における追加部分の予備的請求もこれを棄却するのを相当とするので、結局本件控訴はすべて理由がないことに帰する。

よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中宗雄 裁判官 江尻美雄一 小倉宏)

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